
ご挨拶
公益財団法人市川房枝記念会女性と政治センター(以下「当財団」)は、1971年以来、各地の選挙管理委員会の協力を得て、全地方議会への女性議員の進出状況を調査し、その結果を公刊してきました。さらに、2022年に京都女子大学と連携・協力に関する覚書を締結し、「女性参政資料集 2023年版 全地方議会女性議員の現状」の発行を、同大学と当財団との共催事業と致しました。
今般、京都女子大学ジェンダー教育研究所(手嶋昭子所長)の献身的なご努力により、ここに調査の報告書を刊行できることになりました。調査にご協力くださった各地の選挙管理委員会その他関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
なお、2020年に総務省が各都道府県の選挙管理委員会に対して、選挙に際して選挙管理委員会に届ける候補者情報から「性別」を削除することが適当である、との通知を発したため(総行管第205号)、過去の調査と比較して女性議員に関する情報の収集は難しくなりました。この問題は、ジェンダー統計の必要性、公職の候補者の「個人情報」、性別の(男女という)二分法を含め、多面的な論点を含む問題であり、広く社会の中で議論される必要があると考えます。
2025年は、1945年12月の衆議院議員選挙法改正により日本の女性が参政権を獲得してから80年目にあたります。日本のジェンダー平等の達成度を国際比較すると、政治への女性の参画が極端に少なく、そのために平等のための政策が進まない、という負のスパイラルに陥っているように見受けます。
2024年10月に開催された国連女性差別撤廃委員会では、8年ぶりの日本の報告書の審査が行われましたが、同じ会期で女性の政治参画に関する一般勧告(条約解釈のガイドライン)40号が採択されました。男女同数(パリテ)議会をめざして選挙法を改正すること、女性参政権の歴史を学校教育の中で教えることなど、日本を含む条約締結国への具体的な勧告が盛り込まれています。当財団では、女性の権利の実現の鍵となる参政権(選挙権、被選挙権)が実のあるものとなるよう、女性差別撤廃条約と一般勧告40号の普及に努めてまいります。
最後になりましたが、女性議員調査をめぐるさまざまな環境の変化の中で、報告書の完成までご尽力くださった竹安栄子学長をはじめとする京都女子大学の関係者の皆様に心より御礼申し上げます。この報告書が女性の政治参画に関心を持たれるすべての皆様のお役に立つことを心より願うものです。
本冊子は、「(公益財団法人)市川房枝記念会女性と政治センター」(以下、「記念会」)が1971年以降実施してきた全地方議会の女性議員調査を2023年5月に記念会から引き継ぎ、これまで記念会が実施してきた調査方法を踏襲して、京都女子大学ジェンダー教育研究所が同年9月から約1年間にわたり実施した調査結果の報告である。本調査は、2023年度および2024年度の京都女子大学学長裁量予算によって実施された。当初、本報告書は2023年度末までに刊行の予定であったが、予想外の事態により1年余り遅れることになった。その間の経緯については後述の「調査概要」(『女性参政資料集 2023年版 全地方議会女性議員の現状』)をご参照いただきたい。
記念会が過去半世紀余りにわたって刊行してきた『全地方議会女性議員の現状』は、全国地方議会の女性議員の実態を網羅的・体系的に捉えた貴重な基礎資料である。本報告書の特徴は、①都道府県議会および市町村議会の全ての議会レベル別に女性議員が網羅されていること、②各議会の女性議員数のみならず、女性議員の当選回数、年齢、所属会派が記録されていること、③全女性議員の氏名が記載されていることの3点にある。地方議会の議員については、総務省が「地方公共団体の議会の議員及び所属党派別人員調等」として毎年12月31日現在の調査結果を公表している。総務省のデータは、毎年の集計結果を公表するので最新の情報を入手することが出来るが、その一方で①都道府県単位に議員数が括られていて各市町村議会別のデータを把握できない、②会派以外の議員情報は含まれていない、の2点において『全地方議会女性議員の現状』より情報量がはるかに限定されている。また総務省が全国の地方議会のデータをとりまとめて公表するようになったのは、2000年前後からであり1)(総務省ホームページでは2003(平成15)年から掲載)、それ以前の包括的データは『全地方議会女性議員の現状』が唯一の資料である。
私は、1990年代初頭より地域政治への女性の参画をテーマに地域社会学の立場から研究を進めてきた。研究に着手した時、先行研究・先行調査を渉猟しようと努めたが、1篇の論文も1冊の調査報告書も見つけることが出来なかった。あたかも研究者にとって、女性は地域政治の世界には存在しないかのような扱いであることに愕然としたことを、30年以上たった今でも鮮明に覚えている。その時、地域政治と女性に関して存在した唯一の資料が記念会によって4年に一度刊行された『全地方議会女性議員の現状』であった。
1994年に、女性地方議員の実態把握を目的として、科学研究費の助成を受けて「全国女性地方議員の実態調査」に着手した。当時の全国女性地方議員2,152名を対象とした全数調査が実施できたのもこの『全地方議会女性議員の現状』のお陰であった。この調査の結果、無所属議員の3類型(保守系無所属議員、革新系無所属議員、純粋無所属議員)の発見や女性議員の立候補の最大の障害が「自分の能力に自信が持てない」という自己肯定感の低さであること、地域社会(集落や同窓会組織)を集票基盤とする議員が男性議員より格段に少ないこと、など新たな知見を発見することができた。その後、数次にわたって女性地方議員の実態調査を実施したが(2002年は男性議員も含めた全地方議員調査)、いずれも『全地方議会女性議員の現状』が基礎資料となった2)。この他、平成の大合併が女性の地方議会進出に及ぼした影響の検証など、全国レベルでの女性地方議員の推移を明らかにすることが可能であったのも、この『全地方議会女性議員の現状』があったからである。
周知のように日本のジェンダーギャップは世界でも最低レベルである3)。とりわけ政治分野は世界に大きく後れを取っている。課題解決には、現状を客観的に把握することが不可欠である。生活に直結する地域政治への女性の参画状況を全国レベルで網羅的に把握できるデータは、研究者にとって有益なだけでなく、多くの女性たちの地域政治への問題関心を喚起する重要な契機となってきた。にもかかわらず後述の理由によって、ジェンダー教育研究所スタッフの真摯で懸命な努力にもかかわらず、今回、全国地方議会の女性議員の全数データを収集することができなかったことは痛恨の極みと言わざるをえない。しかし女性地方議員全数の網羅は叶わなかったとはいえ、検証可能な調査方法によって実施された市町村議会別の唯一の女性議員データとしての意義は大きいとの判断で本報告書の刊行を決断した。本報告書が、さまざまな分野の方々によって地域政治への女性の参画の推進に活用されることを切望する。